医療事故とは、医療に関わる場所において、医療の全過程で発生する人身事故のすべてをいいます。
このうち、医師や病院側に何らかの過失がある場合、医師や病院に対して民事上の損害賠償責任が問われるだけでなく、患者や家族から警察に被害届が出されることなどによって、医師や病院側に対する捜査が開始され刑事責任が問われることもあります。
医療事故や医療過誤で問題となる刑法上の犯罪
業務上過失致死傷罪
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた場合、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金となります(刑法211条前段)。
医療事故・医療過誤が起こった場合、医師に対して、刑法上問われうる犯罪は、業務上過失致傷罪です。
医療事故事件の場合、特に問題となるのが医師や病院側に過失が認められるかどうかということです。
医療行為は、人の生命身体に関わるものですから、慎重になされなければなりません。
もっとも、医療は、本来的に不確実で危険が伴うものでもありますから、誠意をもって医療行為に当たっている医師などの行為すべてを犯罪として処罰の対象とすることは妥当ではありません。
医療事件において、過失が認められるためには、問題となっている行為が、理想的な医療水準で求められるほどの注意義務に違反した場合ではなく、事件当時の一般的な医療水準による注意義務に違反したといえることが必要です。
要するに、ほとんどの医者であれば、注意するのが当然であるのにこれを怠ったような場合に限り、本犯罪が成立するための過失が肯定されるということです。
また、医師に過失が認められた場合でも、その注意義務違反と被害者の死傷結果との間に因果関係が認められなければ、本罪は成立しません。
医師の過失によって、死傷結果が生じたといえなければならないのです。
医療事故・医療過誤事件で多く争われるのは、医師に過失(患者の死傷結果を予見し、その結果発生を回避するための注意義務を怠ること)が認められるかどうか・医師の行為と死傷の結果に因果関係があるかという点です。
医師の刑事責任(刑罰を受ける法的責任)が認められるためには、この両方が認められなければなりません。
医療事故・医療過誤事件で加害者となった医師を弁護する場合も、まずは具体的な事情を精査します。
その上で医師の過失・行為と結果の因果関係が認められない、ということを客観的な証拠に基づいて主張・立証していきます。
医療事故・医療過誤事件を起こしてしまった場合、医師が問われる法的責任は、刑事責任にとどまりません。
厳密には、刑事責任と民事責任は区別されるものですが、刑事裁判において刑罰が科されることになると、その患者又は遺族らに対しての民事上の損害賠償金の支払い義務も認められやすくなる傾向にあります。
これは、医師の民事責任に基づく義務です。
また、医療事故・医療過誤事件を起こしてしまった医師は、厚生労働大臣から「戒告」「3年以内の医業停止」「医師免許取消し」の処分を受ける可能性があります。これは、医師の行政責任に基づく処分です。
医師法違反について
医師法によって、医師でないものが医業を行うことは禁止されています(医師法17条)。
そのため、通常は、医療行為(医行為)を行うためには医師免許が必要です。
医師免許のない医師でない者が医療行為(医行為)を行った場合には、医師法によって刑事罰に問われます。
医師法31条以下に罰則規定が定められています。
医師法31条
医師以外の者によって医業を行った場合、虚偽又は不正の事実に基づいて医師免許を受けた場合には、3年以下の懲役若しくは100万円の罰金、又はこれらが併科されます。
医師以外の者による医業を行った場合で、医師やこれに類似した名称を用いた場合、3年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金、又はこれらが併科されます。
医師法32条
医業の停止を命じられた者で、その停止の期間中に医業を行った場合、1年以下の懲役若しくは50万円以下の罰金、又はこれらが併科されます。
医師法33条の3
医師又はこれに紛らわしい名称を使用した場合や診察を行っていないのに診断書などを交付した場合、その他いくつかの違反類型が規定されており、これらに違反した場合、50万円以下の罰金が科せられます。
~医療事故・医療過誤、医師法違反事件における弁護活動~
無罪の主張
医療事故を起こしてしまった場合でも、刑事上の責任が問われるのは、医師に過失が認められる場合です。
医療事件において、医師に要求される注意義務の内容は、事案により異なりますし、当時の医療水準によっても異なります。
ですから、仮に医療事故を起こしてしまった場合でも、医師として無理からぬことであったとか、一般に要求される注意の範囲を超えているというような場合には、過失は認められず、犯罪は成立しません。
また、医師による過失が存在するとしても、それが死傷結果を引き起こしたといえる関係(因果関係)が認められない場合にも犯罪は成立しません。
これらのように、医療事故事件の場合には、医療に関する専門的な知識や経験が必要となりますから、医師などと連携して、資料を収集し、問題とされる行為に過失がなかったことや因果関係が認められないことを主張していきます。
具体的には、警察や検察などの捜査機関が提示する証拠では、過失や因果関係があることを十分立証できないことを指摘します。また、カルテや関係者の証言・被害者の負傷又は疾病の状況などから医師が適切な措置をしていることや死傷の結果は不可避であったなど過失がなかったことを主張・立証します。
被害弁償や示談
医療事件の場合、被害者やその遺族に対する謝罪及び示談交渉を行うことが重要です。
医療事件による被害結果が軽微で医師の過失が重大なものでなければ、示談の成立により事件化を阻止したり不起訴処分を獲得できる可能性があります。
前科がついてしまうと医師としての活動に影響が出てしまいます。
また、病院の信頼も損なわれる恐れがあります。
示談成立による事件化阻止や不起訴処分であれば、信頼や前科に傷がつかないため事件後の医師活動を再開しやすくなります。
減刑(情状弁護)の主張
医療事故・医療過誤事件、医師法違反事件の刑事裁判で有罪判決を免れない場合でも、必ず重い懲役刑や罰金刑を科せられるわけではありません。
被害者やその遺族との示談成立・医師の過失の程度などから被告人に有利な事情を主張し情状酌量の余地があることを裁判官に示します。
これにより減刑や執行猶予付き判決の獲得を目指します。
早期の釈放・保釈
医療事故事件、医師法違反事件で逮捕・勾留されてしまった場合は、警察や検察、あるいは裁判所に対して早期の釈放・保釈を求めます。
具体的には、容疑者である医師には逃亡や証拠隠滅の恐れがないことを客観的な証拠から明らかにし、身柄拘束の必要性がないことを主張します。